清塚信也の母親は韓国人でハーフ!高校や大学は日本だった?

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イケメンでトークも面白いと人気のピアニスト清塚信也さん。

幼少期からお母さんのスパルタピアノ教育で実力をつけてきたそう。

 

どんなスパルタ教育のルールがあったか気になりますよね。

実力をつけてどこの高校、大学に通ったかも気になりませんか?

 

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清塚信也の母親は韓国人でハーフ!幼少期のスパルタがスゴイ!

清塚信也さんはご両親に日本人の父親と、韓国人の母親で、兄弟は2歳年上のお姉さんがいる家庭で育っています。

 

清塚信也さんがピアノに触れるきっかけとなったのは、先にバイオリンを始めていたお姉さんの影響から。

 

当初は家で留守番ができずお姉さんの練習に付き添いで行っていただけでしたが、それが功を奏し絶対音感を身につけることに。

7歳でピアノを習い始めると、お母さんの超スパルタピアノ教育が始まったそう。

 

お母さんがピアニストでスパルタだったのかと思いきや、お母さん自身は幼少期にピアノやバイオリンを習いたかったのに、家族に反対されたためそれができず、自分の子供に夢を託した形で「絶対に音楽家にさせる」と習わせることにしたそうです。

 

お母さんの音楽へ対する超スパルタ教育は、一日12時間の練習を課し、練習漬けの日々。

学校を早退してまで練習をすることもあったそうです。

もちろん友達と遊ぶために外出なんてできません。

 

友達と遊ぶこともできないわけですから、ゲームも禁止ですし、買い食いする必要もないのでお小遣いもありません。

 

また、これ以外にも恐ろしいルールが、「笑い禁止」と「睡眠禁止」

小さな子に「笑うな、寝るな」とはどういうこと?と思いますよね。

笑い禁止は、お笑い番組を見ることを禁止ではなく、練習中に笑ってごまかすことを禁止したもの。

 

ミスしても笑ってごまかすのではなく、集中して練習させるためのルール。

楽しく練習することはいいのでしょうけど、ヘラヘラしていたらどんな習い事でも上達はしないですからね。

厳しいけど、言っていることはもっともだなと思います。

 

しかし睡眠禁止とは成長期のお子さんに厳しすぎません?

寝る子は育つといいますよ。

でも、清塚信也さんのお母さんは、「人間はいつか眠りにつくのだから、今は起きて練習する時間」といって朝5時からの練習を課していたそうです。

 

お母さんの指導、スパルタで厳しすぎると感じる人もいると思いますが、それでも世界的な音楽家の人たちは、幼少期から英才教育を受け、練習8~12時間するのが当たり前。

 

お母さんも心を鬼にして、音楽家にさせる信念を貫いたのでしょう。

それに応えた清塚信也さんも子供のころは辛かったでしょうが、音楽家として成功していますので、子育てとしては正解だったといえるのではないでしょうか。

 

清塚信也の身長は低い?

清塚信也さんの身長は公表されていません。

ただネットの情報では俳優としてドラマに出演している時に、隣に並んだ身長165cmの橋本愛さんとあまり変わらなことから、165cmほどではといわれています。

日本人の平均身長が170cmほどですからあまり大きくないですね。

 

ただ、実際に清塚信也さんを見た人からは160cmほどしかないのではともいわれています。

男性でもソール厚めの踵の高い靴を履けば、身長の見た目は変わりますしね。

 

やっぱり清塚信也さんは、幼少期にあまりゆっくりと睡眠時間をとることができなかったのが、成長ホルモンの分泌を阻害され、あまり身長が伸びなかったのではないかと思います。

それも、成功するための代償と思えば、致し方ないことなのかもしれません。

 

清塚信也の高校は日本だった?

韓国人のお母さんを持つ清塚信也さん。

高校は日本か韓国か、気になって調べてみたら、東京都内でも有名な、音楽家を多数輩出している桐朋学園の桐朋女子高等学校の音楽科へ通っていたそうです。

女子と付いていますが、音楽科は男女共学だそう。

 

桐朋女子高等学校の卒業生で誰もが知る名前としては、世界的な指揮者の小澤征爾さんや、バイオリニストの高嶋ちさ子さんが卒業生として名を連ねています。

もちろんほかにも活躍している音楽家がたくさんいるそうですが、音楽に造詣が深くない自分には名前を見てもわかりませんでしたw

 

名だたる音楽家を輩出する桐朋女子高等学校を、清塚信也さんは首席で卒業し、18歳の時には日本ショパン協会主催ショパンピアノコンクール第1位も獲得しています。

 

清塚信也の大学は?

桐朋女子高等学校を卒業した清塚信也さんはそのまま同系列の桐朋学園大学へ進学します。

しかしこの大学に入学して、友人たちに正論を語っては嫌われていくという、自分が思っていることと、周りが思っている事のそりが合わなくなります。

 

また、自身がピアノしかない「ピアノ・マシーン」となっていることに気づき、誰も自分のことを知らない場所に行こうとモスクワ音楽院へ留学。

 

ただ、2年の留学で何も得ることができず、失意の中帰国しますが、「人に好かれる人間になろう」と思い立ち、それまでお世話になった人に頭を下げ、現在の活躍につながる人脈を作っていったそうです。

 

一時はピアノ自体も嫌いになっていたそうですが、意識を変え人として成長したことで現在の活躍につながっていったので、何も得られなかったと思っている留学も、いい試練だったのかもしれないですね。

 

清塚信也のプロフィール、経歴

本名:清塚信也

生年月日:1982年11月13日

出身地:東京都

 

主な経歴

・1998年、東京交響楽団との共演でデビュー

・2000年、第1回ショパン国際コンクールin ASIAで1位獲得

・2004年、日本イタリア協会第1回イタリアピアノコンコルソボローニャ部門でボローニャ賞の次の金賞受賞者。

・2005年、日本ショパン協会主催ショパンピアノコンクール第1位

・2006年、ザイラー国際ピアノコンクールで3位

・2013年に公開の映画『さよならドビュッシー』で岬洋介役で俳優デビュー

 

まとめ

清塚信也さんの母親のこと、高校や大学の調査でした。

幼少期のスパルタ教育はスゴイものがありましたね。

それでも辞めずに続けた清塚信也さんはスゴイですし、甘やかせずに育てたお母さんもスゴイです。

親子だとどうしても甘えが出ますから。

様々な苦労を乗り越えてきた清塚信也さん、今後も活躍間違いなさそうですね!

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