桐生祥秀中学時代の挫折、幼少期はすごかった?9秒台動画も紹介!

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こんにちは、トンキーです。

陸上100mで日本人初の9秒台9秒98を叩き出し、日本陸上界短距離のエースとして活躍する桐生祥秀選手。

来年の東京オリンピックでもメダルの期待をしちゃいますよね。

そんな桐生選手ですが、中学時代の時には陸上競技で挫折も味わっているとか。

今回は桐生祥秀選手の幼少期、中学時代の挫折を調査しました。

 

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桐生祥秀の幼少時代はすごかった?

滋賀県彦根市出身の桐生祥秀選手は、いつから足が速かったか知りたいですよね?

桐生選手は幼稚園の時から周りの子を置き去りにするほど、群を抜いて速くすごかったそうです。

幼稚園や小学生の時なんて足が速いだけでヒーローです。トレーニングをしているわけじゃないので、もともと足が速い才能が備わっていたなんて羨ましいですよね。

幼少期はサッカー選手

そんな足の速い桐生選手、小さな頃から陸上クラブに入っていたのかな?と思いきや、小学4年の時に地元の少年サッカークラブに入団し、ポジションはゴールキーパーをやっていたそうです。

FWなんかしていれば、足の速さを活かしてガンガン得点を決められそうな気もしますが、相手選手とのボールの競り合いが苦手で「ボールを譲ってしまう」悪い癖があったそう。

でも、小柄ながら俊足で、ゴールキーパーでは滋賀県彦根市の選抜に選ばれるほどの実力。1対1の飛び出しのスピードはずば抜けて、付いたあだ名が気流をかけた「ジェット桐生」。うまいネーミングですね。座布団1枚です。

 

桐生祥秀の中学時代

小学5年生の頃には桐生選手、お父さんにも負けない足の速さになりました。そんなお父さん、「ボールを譲ってしまう」性格の桐生選手を見て、サッカーなどの団体競技には向いていないと判断、陸上競技を進めます。

 

桐生選手は彦根市立南中に進学すると、父親の勧めと兄の影響もあり、陸上部に入部。

当時同学年には桐生選手より足の速い部員もおり、桐生選手はあまり目立つ存在じゃなかったようです。1年の時は県大会の決勝残ることも難しかったそうですが、2年時には近畿大会で2位を獲得。

公園の芝生の丘を上り下りするトレーニングを繰り返し、さらに実力が上がっていくと、3年の時には100mで10秒98をマーク。当時県内の中学生が初めて記録した10秒台でした。

中学時代の挫折

中学3年で14歳の時、桐生選手は初の全日本中学校体育大会の200m決勝へ進みます。

この時、伊豆市立修繕寺中3の日吉克美選手が、現在も残る破格の中学記録21秒18をマークし、桐生選手は21秒61で2位という結果。

 

完膚なきまでに負けショックを受けた桐生選手は高校では「悔しさを胸に練習に励む」と誓い、お父さんも「あの負けがよかった。あれがなければ、てんぐになっていたかも」と逆境をバネにし、中学では全国タイトルを取れなかったことが現在の活躍につながっています。

 

桐生祥秀の9秒台動画

負けも知り、エリートではなかった桐生選手が叩き出した100mで9秒98の記録。

日本の歴史として語り継がれる動画、まだ見てない人はぜひ見てくださいね。

2017 日本インカレ 男子100m決勝 桐生祥秀選手 日本人選手初の9秒台

改めて見ても鳥肌が立ちますね。すごいです。

 

まとめ

桐生祥秀選手の幼少期、中学時代の挫折の調査でした。

サニブラウン選手も9秒台に突入し、ライバルがひしめき合う日本の陸上短距離界。

桐生選手もさらなる記録更新を目指し、東京オリンピックでは世界の強豪をぶっちぎりメダル獲得が見たいですね!

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